2006年05月28日
育った町が完全に壊される気持ち
以前から書いているけど、ガキの頃育った商店街界隈が再開発とやらで完全に変わってしまうようだ。
この前行った時も、無くなる前に一度は行こうと思ってた焼鳥屋がなくなっていた。
これは小学校の同級生の家がやってた店だ。
残っている店はもうわずかしかない。
これもそう遠くないうちに立ち退く運命だろう。
営業はしているが、活気がない。
なんだか助かる見込みのないガン患者を見ているようでたまらない気分になるな。
戦争で焼けた自分の育った町に疎開先から帰って来た人の気持ちってこんな感じなのかな。
あとはダムに沈んだ町の人とか。
あの商店街を立ち退かせて道路を広げる意味もわからないし、だからこそ住民の人達も反対運動してたらしいんだけどだめだったな。
町並が当時の面影を残さないくらいまで変わっちまうと、本当に一瞬どこに来たのかと混乱することがある。
これは俺の世代ですらそうだから、おふくろなんかはかなりそう思うらしい。
「成長と発展」っていったいいつまで続くんだろうかね。
新宿とか渋谷とかその他繁華街が地元の人達は一昔前にこういう気持ちを何度と無く味わったんだろうけど、わが町にもそれがついに押し寄せて来たって感じだな。
まあある意味東京に生まれ育った者の宿命かもしれんね。
結局東京人の心のより所ってのは、東京タワーとか浅草仲見世とか、ああいうものになっていくのかな。
それは結局地方から見た東京の象徴ってだけなんだけどね。
そうなるとやはり「旅人」「流浪民」「根無し草」みたいな気持ちで居た方が楽だわな。
寅さんだったら何て言うかねえ・・
なーんてちょっとセンチメンタルにもなっちまうよなあ。